| 写真 | 詳細(名前・撮影日時・掲載期間・説明) |
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○横浜 関帝廟 ○05年2月に横浜を訪れた際の写真 ○06年4月20日〜 ○この写真は以前、私が横浜を訪れた際の一枚です。 時間がなかったのと混んでいたのとで写真を撮ってから通り過ぎてしまったのですが、かなりの賑わいを見せていました。 関羽人気は時を越えても健在と言いますか。次はちゃんとお参りしてこようと思います。 |
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○倉敷 美観地区 ○04年11月に倉敷を訪れた際の写真 ○05年11月6日〜06年4月20日 ○この写真は以前、私が倉敷を訪れた際の一枚です。 11月なら長期の休みという訳でもないから空いているかなと思っていたんですが、おじいさまおばあさまの観光ツアーなんかで凄い賑わいでした(笑 倉敷の美観地区は昔ながらの街並みを、お店にしたり美術館にしたりしながら、その「美観」を保っているんですねぇ。 |
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○鹿苑寺 金閣 ○05年5月に京都を訪れた際の写真 ○05年7月26日〜11月6日 ○この写真は以前、私が京都の金閣を訪れた際の1枚です。 この時期の京都は修学旅行客や外国人の観光客など多くの人がおり、この金閣も例外なくかなりの大混雑でした。 画像は小さく切り取っている為それらしく見えていますが、元々の写真では金閣はかなり小さいです・・・(笑 |
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○中華街 ○05年2月に横浜を訪れた際の写真 ○05年3月11日〜7月25日 ○この写真は以前、私が横浜の中華街を訪れた際の1枚です。 横浜に行った際、石川町駅で降りて山手地区などをひたすら歩いて元町を抜けて中華街へ向かい、正面に見えてきた門をカメラに収めたということです。 他にも色々と写真を撮ってきましたが、機会があればもっともっと沢山公開していこうと思います。三國志を扱うHPとしては関帝廟の写真を出し惜しみするわけにはいきませんからね(笑 |
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○小田原城 ○03年8月に小田原を訪れた時の写真 ○05年1月15日〜3月11日 ○旅行の途中に小田原を訪れた際の写真です。さすがに信玄や謙信が攻めても落ちなかった天下の名城と言えるだけあり、堂々とした佇まいでした。 しかし、この頃は夏の盛りで御座いまして(汗)かなり暑かった・・・。しかも城の中に入れる時間よりも早く来てしまったので、暑い中外で待っていることに。 |
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○アサヒスーパードライホール 炎のオブジェ ○04年2月に浅草を訪れた時の写真 ○05年1月5日〜1月15日 ○この写真は私が以前に浅草を訪れた際の1枚です。 地下鉄の銀座線の浅草駅を出て(出口にもよるんでしょうが)左手隅田川方面を望むとすぐに目に入るデッカイ○○○ですね。 これは○○○のオブジェとして全国的に有名ではありますが、このオブジェについて更に詳しく調べてみたら興味深いことが分かってきました。 このオブジェは「アサヒスーパードライホール」というとこの上にあるものらしいです。(下のは単なるオブジェの台座だと思ってたらちゃんとしたホールだと始めて知る・・・)しかも正式名称は「炎のオブジェ」と呼ぶようです。 「これが炎か!?どう見ても○○○じゃないのか!?」と思った方、仲良くしましょう(笑) | |
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○備中高松城水攻め史跡公園 ○04年11月に備中高松を訪れた時の写真 ○05年1月4日〜1月5日 ○岡山からJR線に乗って十数分。備中高松駅を降りてから一路備中高松城を目指そうとすると、駅前の案内板には「備中高松城水攻め史跡公園」なるものが記されていました。 そのために高松城から少し離れ史跡公園を目指して歩いたんですが、全くそれ以降案内板も無く、あったとしてもひどく漠然とした不親切なものであった為に田んぼの中をあっちこっち彷徨う事になってしまいました・・・。 その公園には秀吉の築堤跡があるということですけど、ようやく到着した場所には整備された公園があるだけで、ちょっと期待はずれ(汗。 しかし、一応の築堤跡という様子は見られる上に詳しい案内板もあるので、備中高松を訪れる時は城址と併せて訪れることをお勧めしますね。 | |
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○武田信玄銅像 ○03年8月に甲府を訪れた時の写真 ○04年12月〜05年1月3日 ○甲府に立ち寄ったのですが、時間がなくてどこへも行けず・・・出発までの短い時間にこの武田信玄像を見つけてシャッターを切ったのです。 この写真を見るたびに、時間があれば回ることが出来た躑躅ヶ崎館跡の武田神社、甲府城址などが悔しくも私の脳裏に浮かんでくるんですねぇ・・・(涙 | |
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○岡山城天守閣 ○04年11月に岡山を訪れた時の写真 ○04年11月〜12月頃 ○東京から新幹線に乗って岡山に行って岡山城を見てきました。 城の横を大きな川が大きなカーブを描きながら流れていて、小高い丘(山)の上にそびえる黒い天守閣は何とも言えない雰囲気を醸し出してました。 天守閣の真横から撮った写真もあったんですが、こちらの写真の角度では城の層が多角的に(?)入り組んでいて個人的に気に入ったのでこちらを掲載したということです。 |